本論は、大学講義における最終レポートながら、J-POPの歌詞における表現の変化を、自身の推しであるアーティストなどと比較し論じた、完全なる私論である。改めて、歌詞の奥深さと近年の傾向、そして今後“歌詞”というものが、より素晴らしい世界を多くの人々に見せてくれることを信じ、この場において、公開するものとする。
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近年、音楽業界には変化が求められている。先のレポートでも述べたようなCD売り上げの減少や、若者の音楽離れなどに歯止めをかけることはもちろん、文化として成熟しつつあるJ-POPという分野の音楽をこれからどのように成長させ、産業として成り立たせてゆくのかという大きな命題も抱えていると考えている。その中で、音楽の中の歌詞に変化が生まれつつあると感じている。本論では、その歌詞の移ろいについて考えてみたい。そして、近年はどのような表現が用いられているのか、実際の歌詞を取り上げて見ていきたいと思う。
まず、J-POPという文化そのものの変遷をまとめておきたい。昭和では歌謡曲と呼ばれていたJ-POPだが、その原点は音頭や小唄などであろうと考えられている。昭和歌謡のほとんどは歌詞がベースにあり、それに合わせてメロディーをつけるということで曲が生み出されていた。J-POPという言葉が生まれたのは1988年のことである。一説によると、東京にあるFMラジオ局のJ-WAVEが邦楽を放送する企画を期に誕生したフレーズであり、その時点ではあくまでも局内部でのみの呼称であったそうだ。それからは音楽業界が日本発の音楽のうちの1つのジャンルとして呼ばれるようになり、一般に定着したのはそれから6年後の1993年頃であったとされている。今ではJ-POPという大きな括りの中に歌謡系やロック系、フォーク系などさらにジャンルが細分化されている。ここでは詳しくは取り上げないが、あらゆるJ-POPの中のジャンルから多様なアーティストが登場し、流行を作り出してきた。その様子はまるで栄枯盛衰を繰り返しているかのようだが、そのようにしてJ-POPは1つの文化として発展を遂げてきた。
さて、こうしたJ-POPの変遷の中で、歌詞に用いられるフレーズにも変化があった。髙橋(1)の研究によると、「1968年~1979年は「花が咲く」と「雨が降る」の2つ、1980年~1989年は「気がする」、「瞳を閉じる」、「海を見る」の3つ、1990年~1999年は「想いが溢れる」、2000年~2009年は「声を聞く」、2010年~2013年は「世界が回る」が、それぞれの年代で特徴的なフレーズであることが判明した」とある。1968年~1989年ではは日本の四季や情緒を示すようなフレーズや、恋人を思う気持ちが現れた比較的間接的な表現が多かった。このころは昭和歌謡の年代であり、歌詞がベースに楽曲が制作されており、比較的文学的な歌詞が多かったと考える。しかし、1990年以降では対照的に直接的なフレーズが多く見受けられる。例えば、「声を聞く」と言ったような直接的に恋人を思う表現があるが、この時期に携帯電話が普及したことから、歌詞の表現は流行にもとても左右されることがわかる。また、「世界が回る」という壮大なフレーズは、他年代と比較しても類を見ない表現である。これは、インターネットの普及や、それに伴うSNSの流行によって、世界とのつながりを感じ、それと同時に世界というフレーズに対する心理的スケール感が小さくなったことより、よく用いられるようになったのだと考える。
これらのことより、時代の流れに即した楽曲制作が行われていることが、歌詞に登場する特徴的なフレーズを分析することで分かったと思う。私は、いつの時代も音楽というものは世間のニーズに応えて生まれるものであり、かつ、世間を反映する表現ツールの1つであると思う。故に、歌詞の表現を見ることはその時代を生きた人がどのような感情を持っていたのか、理解するに易いものだと考える。
では、近年はどのような表現・フレーズが歌詞に用いられているのか、実際の楽曲を用いて見てみたいと思う。近年で特徴的なJ-POPのジャンルとして、ボーカロイド楽曲が挙げられる。ボーカロイドとは、「メロディー(音階)と歌詞を入力するだけで、人間の声を元にした歌声を合成することができる技術およびその応用ソフトウェアのこと」(2)であり、「歌声の合成には、実際の歌手の声から抽出した歌声のデータを使い」(2)、楽曲を制作している。その中から2016年12月に発表された夏代孝明が作詞・作曲した「ユニバース」(3)という楽曲を取り上げる。
叶わない夢ばっかならべては
夜が明けるまで笑いあって
大人になっていくんだよ 僕たちはきっと
矛盾だらけの生命体
月も地球も太陽も奪い取って
手のひらで廻して歌おう
主人公は君さ 君だけのストーリー
クリアできるのも 君だけ
(ユニバース / 夏代孝明)
今回は楽曲のサビの一部を取り上げる。この楽曲は作者曰く、「ひどくなやんだり、おちこんだり、そんな毎日を送っているのですが、そういう時にこの曲を思い出して、聴いてくれるとうれしい。」(4)と思いを綴っているように、作者なりの応援ソングである。この歌詞の中で、一番特徴的であるのは「月も地球も太陽も奪い取って 手のひらで廻して歌おう」という部分だと思う。これは、前述の研究(1)にある2010年~2013年の傾向である「世界が回る」という要素を含んでいる。加えて、世界を自分の手で「廻して」いこうという表現によって、いわば自分が中心となって、歌詞の続きにある「ストーリー」=自分の人生や夢をこの歌詞を通して応援したいという思いが感じられる。そして、聞き手の人生を「ストーリー」と表現し、聞き手をそのストーリーの「主人公」と呼びかけることで、歌詞・楽曲の世界へ引き込む効果があると考える。また、前半部の「叶わない夢」~「矛盾だらけの生命体」という部分は、友達同士集い、夜明けまで語らい合い、その時間を楽しみ合うという若者ならではの経験を取り入れた歌詞であり、楽曲のターゲット層であり、聴取層である若者の強い共感を生む部分だと考える。この歌詞を書く夏代自身も20代ということもあり、若者の気持ちがわかる作者だからこそ表現できた歌詞である思う。
以上のことより、近年の歌詞における表現の傾向として、2010年からの「世界が回る」という傾向は、現在もフレーズこそ変化しているものの、その壮大感と世界とのつながりを表現できることから、特徴的な要素として現在も取り入れられている。また、近年の特徴として、聞き手自身を歌詞の一部であると捉えさせるような表現が多いと感じている。前述にもあるように、楽曲の世界に入り込めるように歌詞に工夫をし、より聞いてもらえるような、より歌詞を理解してもらえるような制作の手法に取り組んでいると考える。加えて、聞き手の共感を生む歌詞の構成になっている。誰しも経験があるようなことや、普遍的な事象を歌詞に取り入れることで、共感を作り出し、それもまた楽曲の世界へ聞き手を導くような効果をもたらしていると考える。さらに、これらの表現をする上で、以前に比べ直接的なフレーズが用いられるようになった。そのことで、より広い世代の、より多くの人に伝えたい歌詞の意味がより伝わりやすくなるが、同時に歌詞の文学的な価値としては低下しかねないということもここで明言しておきたい。
私は1人の聞き手・リスナーとして、これからもたくさんのJ-POPの楽曲に触れていきたいと思う。ただ、近年はメロディーのポップさ・キャッチーさに重きが置かれ、歌詞はそのメロディーに合わせた楽曲が多くなってきている気がしている。冒頭に述べたように、昭和歌謡の良い点はやはり、歌詞の上にメロディーがある点であり、故に歌詞が楽曲の中で最重要視され、非常に文学的な表現構成になっているということである。残念ながら、近年ではそのような文学的な歌詞を目にすることは少ない。音楽というものは昔からニーズに応えて量産されるものである。そのニーズが今では「若者に売れる曲」である。そのことを突き詰めると、「メロディーが耳にとって心地良いこと」と、「歌詞の読解が容易であること」の2点がニーズへの答えとして浮かび上がる。そうなった時点で、歌詞の文学性というのは全く重要ではなくなるのである。私はこうした音楽の作り方は如何なものかと思う。音楽は言語伝達手段の1つであり、本体歌詞が持つ文学的価値というものはとても大きいと考える。ところが現在では、メロディーの副産物と化しており、非常に残念に思う。ただし、それは今のところまだ一部の楽曲の話である。最近のインディーズアーティストやボーカロイド楽曲、もちろんメジャーシーンで活躍しているアーティストでも文学的な楽曲は多く存在している。例えば先日、ぼくのりりっくのぼうよみが書いた歌詞だけを目にしたのだが、一瞬これは小説の一節かと思ったほどであった。また、まふまふが書いた「四季折々に揺蕩いて」(5)では、雨が降りそうな様子を「雨催い」(5)という言葉を用いており、その他の表現についてもとても文学的だと感じた。このようなアーティストの歌詞を見ると、まだJ-POPの未来は明るいのではないかと思う。
改めて、1人のJ-POPリスナーとして、これからもたくさんの楽曲に触れていきたいと思うと同時に。これからの音楽業界を背負って立つアーティストが歌詞の重要性を感じていることを信じて、本論の締めくくりとする。
注釈
- 注1 高橋周「流行歌の歌詞に多用されるフレーズと、その変遷について ~J-Popは夢を見過ぎている~」(早稲田大学基幹理工学部表現工学科 卒業論文ライブラリ、http://www.ias.sci.waseda.ac.jp/GraduationThesis/2014_summary/1w110295_s.pdf、参照 2017年8月6日)
- 注2 VOCALOID×niconico -ボカニコ-「ボーカロイドとは」http://ex.nicovideo.jp/vocaloid/about (参照 2017年8月6日)
- 注3 夏代孝明 オフィシャルサイト「ユニバース 歌詞」http://7246.jp/universe.txt (参照 2017年8月6日)
- 注4 夏代孝明 公式ブログ「ユニバース / GUMI」https://lineblog.me/natsushiro/archives/13100548.html (参照 2017年8月6日)
- 注5 piapro(ピアプロ)「四季折々に揺蕩いて」http://piapro.jp/t/xbnN (参照 2017年8月6日)
参考文献
- Wikipedia「J-POP」https://ja.wikipedia.org/wiki/J-POP (参照 2017年8月6日)
- ポップの世紀(Pop Culture of 20th Century)「昭和歌謡から平成J-ポップへ -ヒット曲から見た日本のポピュラー音楽史-」http://zip2000.server-shared.com/kayoukyoku.htm (参照 2017年8月6日)
- 佐々木あすか、中山伸一、真栄城哲也「ボーカロイドの人気曲における歌詞とメロディの関係の解析」(情報処理学会第75回全国大会講演論文集 2013(1), 843-844, 2013-03-06)
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